御朱印、とりあえず進んでみよう

昨年(H28)いろいろあって、単純に死にかけ、神道、仏道に改めて興味を持ち神社めぐりを始めた記録として始めました。

なまはげの里①_赤神神社五社堂

 今回は5月の5日、6日に秋田県に行った ときのことをかきます。

 秋田県へは全くのレジャーではなく、別の目的があり計画していました。秋田県内の東北三十六不動尊霊場をたずねることでした。子供と二人だけで行こうと計画していたのですが・・・・・奥さんが今回はキレないから一緒に行こうと言い、なぜか家族旅行になってしまいました。

 東北三十六不動尊霊場についてはまとめて書きたいと思い、って単にまとめきれないだけですが。

 というわけで最終日にいった「なまはげ」に関係した神社をアップします。

秋田といえばなまはげなまはげといえば嫁!悪い子いねが~のなまはげです。

ざっとした地図です。

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 ちなみに地図の上のほうに「男鹿水族館GAO」があります。子供と奥さんは私がお参りしてる間そこで見学しています。一人で行ってきて~と奥さんの声が、娘も逆らえません。結局子供と二人での旅を邪魔されています。

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 この看板は中間の駐車場野市になります。ここから本殿まで10~15分のようです。

赤神神社_縁記

 「当山赤神は、前漢孝武皇帝の祠なり。旧記にいわく景行天皇二年、赤神天より降れり、あるいはいわく、日本武尊化して白鳥となり、漢の武帝を迎う。武帝は白馬に駕し、飛車に乗り、赤旗を建て、西王母と此の嶋に至る。五鬼は化して五色の蝙蝠となりて之に従う。故に蝙蝠を以って使者となす。時に景行十年冬十月のことなり。天皇武内宿禰をつかわして北陸道を巡視せしむ。宿禰、此の嶋に至り、神異を見てこれを奏せり。ここにおいて朝廷皇女をして行かしめ、これを祭る。号して赤神という。皇女はすなわち赤神明神という(後略)」(原漢文)また、菅江真澄翁の『牡鹿の嶋風』では「赤神山大権現縁起」という名称で、さらに鈴木重孝翁が著した『絹篩』でも「伝記」としてほとんど同じような内容で記述されています。(赤神神社五社堂公式HPより)

 それではGO!

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 新緑の中の階段といった感じです。虫はいましたけど・・・。

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 まだこの辺りは余裕。

 ジョギング?ウオーキング?の人と挨拶も普通に出来てます。

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なんか赤いのが見えてきた。あそこですかね?

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 まだ先があるようです。ちょっとトホホ・・。この頃は太ももをがっつり張って、ヒーヒー、余裕無し。

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 こちらは解説などを読むと神仏習合の神社のようです。

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 菅江真澄という方については検索かけるといろいろ出てきますのでそちらを参考ください。


 やっと五社堂が見えてきました。

 石段は九百九十九段だったようです。

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五社堂_縁記

 五社堂は赤神神社の本縁とされており、中央堂に主神として赤神を祀ったので、赤神神社の名称になったとされています。
 建保四年(1216)別当円転が霊夢に感じて鎌倉の右大臣源実朝公に請願、円転に命じて叡山山麓の山王上七社を勧請したもので二社廃れたので五社に配祀されたとされています。
 各堂の名称は向かって左から、「十禅師堂」「八王子堂」「中堂」「客人(まろうど)権現堂」「三の宮堂」と呼称されています。また、この五社堂は建立、再建、修理の年代がよく解るため、近世社寺建築の編年上重要な建物とされております。現存の五棟の社殿は江戸時代の中ごろ(1710年宝永7年)に建てられたものといわれ、向拝、屋根、柱、組み物などに珍しい工夫がみられます。平成10年10月1日より3年6ヶ月、平成の大修理が行われました。(赤神神社五社堂公式HPより)

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 五社堂、それぞれのお堂の名前です。縁記では7社で2社が廃れたとのこと。

 

(赤神神社五社堂公式HPより)

 

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 はっきり言ってなかなかの迫力と神秘性を感じます。

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 御朱印ですが、本来はお札やお守りを置いてある社務所?に書置きがあるようですが、あいにく当日はなくなっていていただくことができませんでした。ま、こういうことはよくあることと自分で納得していますが、ただ秋田は遠い、特に男鹿まではとにかく遠い。いつ来れるかは不明。(よく男鹿水族館GAOに人が来るよなあ)

 次回も同じなまはげゆかりの神社「 真山神社 」を書く予定です。